目次
作品情報
全編セリフなしの動物アニメーション映画。第97回アカデミー賞で長編アニメ映画賞を受賞しました。
監督は『Away』のギンツ・ジルバロディス。
オスカー受賞も納得の傑作!
シンプルな物語や魅力的なキャラクターといった大衆性を持ちながらも、多様な解釈を許す奥行きも兼ね備えた、驚異的な傑作でした。まだ見ていない人はこの先を読まず、予備知識ゼロで観ることをオススメします。
まあ言葉を使っていない本作の魅力を言葉で説明しようとするのも何だか野暮な気はしますが、頑張ります。
映像を読み解く醍醐味
今作のアニメーション映像はコンピューターゲームに近いです。特に廃墟となった世界を船で移動するというコンセプトはオープンワールドを髣髴とさせます。特にクジラが登場するシーンの美しさは格別でした。
特に素晴らしいと感じたのは、動物たちが走るシーンです。木琴のような音が特徴的な音楽と、流れるようなカメラワーク、そして動物たちの疾走感あふれる動きによって、アニメーションの醍醐味が発揮されていました。冒頭でクロネコとイヌの追いかけっこの場面を用意したのは正解だったと思います。これによって、映画の世界へ一気に引き込まれました。
さらに全ての情報が映像で提示されることにより、観客は思考を促されます。例えば冒頭でクロネコが住んでいた家にはネコの彫刻がたくさんあります。ということはネコは元々この家で人間によって飼われていたのでは・・・?と推測できます。さらに中盤でシロイヌと再会した後、壊れたボートが映し出されます。これは恐らくシロイヌと仲間たちが乗っていたであろうボートです。ということは彼らに何かあったのだろうと予測できます。
船の帆のてっぺんでネコが見る夢も意味深です。夢の中でネコはグルグル回るシカの群れに囲まれており、そこに洪水がやってきて目が覚めます。シカの群れは冒頭で洪水の予兆として描かれていたので、それに関係していると思われます。一方でネコの周囲を動物が回っている構図は、ネコが魚の群れに突っ込んで狩りをするシーンでも登場します。
このように映像から物語を解釈させるという手法は映画ならではのものです。そういう意味ではかつてのサイレント映画をも連想させます。
セリフが無いからこそ際立つ、動物たちの愛嬌
本作に登場する動物たちは言葉を一切話しません。それなのにキャラクターとしての魅力は十分に発揮されていました。
人間が動物を可愛いと感じる要因として、人間の言葉を発しないという点も挙げられると思います。言語を使わないことで彼らの感情が表情や行動によってダイレクトに表され、それによって人間には感じられない無垢さやピュアな精神を感じられるのでしょう。今作ではそうした動物のもつポテンシャルを存分に生かしています。
例えば劇中ではイヌがガラス球で遊んでいる場面があるし、ネコがキツネザルの尻尾を猫じゃらしにしているシーンがあります。こうした動物たちの特徴を擬人化せずに提示することによって、彼等の特徴を強調しつつユーモア性も醸し出されています。
はぐれ者たちの結束
この映画のテーマとして、爪弾きにされた者たちの友情が挙げられると思います。
劇中で旅の仲間となる動物たちはみな一人でした。ネコやカピバラは言うに及ばず、シロイヌも途中で他のイヌたちとはぐれてしまいます。キツネザルは中盤で他の群れと遭遇しますが、ネコに驚いた他のサルたちは自分たちの船に引き上げてしまいます。トリはネコたちを守ろうとして群れのボスと対立し、争いに敗れて置いていかれてしまうのです。
そんな彼らは旅を通して関係性を深めていきます。ネコが自分で捕まえた魚をシロイヌやトリに分け与える場面や、シロイヌの仲間たちを船に乗せるためにみんなでトリに懇願する場面にそれが表われています(まあ途中でガラス玉を巡ったいざこざは起こりますが)。しかしトリだけは途中で船を離脱し、高台で天空へと浮上してネコの前で消滅してしまいます。これはシロイヌの仲間を船に乗せるかどうかで意見が対立した結果、自分の存在意義を感じられなくなってしまったからだと思われます。
映画の冒頭で水たまりに映っていたのはネコ一匹でした。しかしラストカットではネコとカピバラ、キツネザルにシロイヌが映っています。孤独だったネコには仲間ができたのです。
ラストシーンの意味とは?
その結末部分ですが、これは観た人によって受け取り方が分かれると思います。なのでここでは私なりの解釈を書き留めておきます。
カピバラを船から救出した後、爆走するシカの群れがやってきます。これは冒頭でも洪水の予兆として描かれていました。これを見たクロネコはあの高台へと向かいます。その高台でトリが天空へと浮上して消えたことにより、洪水が一度引き上げたからです。
しかしその途中で、ネコは打ち上げられたクジラに出くわします。これによってネコの中に迷いが生じることになります。もし高台に上って洪水を止めたならば、クジラは死んでしまうでしょう。何しろクジラは一度溺れかけたネコを救ってくれた、命の恩人なのです。しかしもう一度洪水が来たならば、ネコを含む仲間たちが生き延びられる保証はない。ラストカットで映し出されたネコの表情には、葛藤の色が見て取れます。
エンドクレジットの後には水に満ちた世界が映し出され、そこではクジラが優雅に泳いでいます。であるならば、ネコたちは二度目の洪水を受け入れる道を選んだのでしょう。
まとめ
84分という短い時間の中に映画を観る喜びが詰め込まれていました。作品の全てが愛おしくなるような、素敵な一作だったと思います。
関連作品紹介:『Away』(2019)

ギンツ・ジルバロディス監督の長編デビュー作。こちらも全編セリフなしです。
一人の青年がある島に不時着します。そこで彼は謎の黒い巨人から逃げ惑うこととなります。
あらすじの紹介はこれぐらいにしておきます。今作も『Flow』と同じく、あまり先入観を持たずに観るべき作品です。そのストーリーはシンプルながらも、鑑賞者に解釈を促す奥行きを保持しています。
処女作なので技術的な稚拙さは目立ちます。人物が走っているときの動きや入水したときの水しぶきはチープです。しかしそんな些細なことがどうでも良くなるくらい、映画的な魅力に溢れています。特にトリが空を飛んでいる場面の浮遊感が素晴らしい。それと上記のポスターで描かれているシーンの美しさも感嘆ものです。
主人公は人間ですが、本作にも動物がたくさん登場します。その造形は単純化されていますが、それでも強い愛着を感じさせられます。とりわけ黄色の小鳥は主人公の良き相棒となっており、映画を観たひと全員がこのキャラクターを好きになるはずです。
ギンツ・ジルバロディス監督、要注目のアニメーション作家だと思います。

Away