『ロングレッグス』有名作の模倣に失敗した残念なサイコ・スリラー(ネタバレあり)

新作映画レビュー

画像出典:IMDb-Longlegs

作品情報

 連続殺人犯とそれを追うFBI捜査官の物語。

 監督はスティーヴン・キング原作の『ザ・モンキー』の公開を9月に控えるオズグッド・パーキンス。

 出演は『イット・フォローズ』のマイカ・モンロー、『ドリーム・シナリオ』のニコラス・ケイジ。

残念ながら楽しめず・・・

 この映画を配給したのはNEONですが、その配給作品の中では米国内最高の興行収入を挙げたそうです。

 なので期待して観に行ったのですが、私はあまり良い映画だとは思えませんでした。そう感じた理由を以下で説明していきます。

有能すぎる主人公と無能すぎる上司

 主人公のリー・ハーカー(マイカ・モンロー)は特殊な能力を持っています。そのおかげで冒頭のシーンで容疑者の家を特定することに成功し、FBIの連想テストでは問題の半数に正解しています。

 その後も能力を駆使して、20年以上行き詰まっていたロングレッグス事件の操作をあっという間に進めてしまいます。置き手紙に書かれていた暗号をスラスラと解読し、ロングレッグスの犯行日時に隠された法則ををあっさりと見破ってしまいます。

 一方でリーの上司に当たるウィリアム・カーター(ブレア・アンダーウッド)は完全に傍観役に徹しています。彼はリーの新発見に従って共に行動しているだけです。中盤でリーに対して「母親に会いに行け」と命令する箇所はあるものの、彼の成し遂げたことはそれくらいです。

 最初から優秀すぎる主人公と、役立たずの上司。これらの要素がキャラクターの面白さを失わせているように感じました。

 例えば『羊たちの沈黙』(1991)の主人公であるクラリス・スターリングはプロの捜査官ではなく実習生でした。FBIという男性社会の中で自分だけが女性であるという孤立感も強調されています。さらに彼女は保安官であった父親を亡くした過去を引きずっており、屠殺される子羊の悲鳴というトラウマも抱えていることが劇中で明かされます。これらの描写によって主人公の弱さが表現されていました。

 『セブン』(1995)の主人公であるデヴィッド・ミルズも同様です。彼は刑事としてのやる気だけはあるものの、冷静さや思慮深さに欠けるといった欠点も描かれていました。これのせいで彼は一度犯人から銃口を突き付けられ、腕を骨折する羽目になります。

 そんな彼らにはそれぞれメンターがいました。『羊たちの沈黙』ではハンニバル・レクターです。レクターはクラリスに助言を与えて事件の捜査に協力します。また彼はクラリスの過去を引き出す役割も備えていました。これらによってクラリスは犯人に到達し、一人前の捜査官になるというドラマが生み出されています。

 『セブン』における指導者役はウィリアム・サマセットです。彼は定年間近のベテラン刑事であり、ミルズとコンピを組むことで彼に知識を与えます。このバディ関係によってミルズとサマセットの両者が互いに成長し合うというドラマが作り出されていました。

 『ロングレッグス』にはこうしたドラマ性が欠けていました。リーは最初から有能なので彼女が捜査官として成長していくというプロセスはありません。さらに優秀すぎるがゆえに「彼女なら大丈夫だろう」という安心感を生み出してしまっています。また捜査官が特殊な能力を持っているという設定は『レッド・ドラゴン』(2002)のウィル・グレアムを髣髴とさせますが、彼のように自分の能力で苦しめられるということもありません。

 確かにリーには痴呆化した母親という存在がいるにはいます。恐らくこれを彼女の過去のしがらみとして描きたかったのでしょう。しかし母親と娘の関係性も掘り下げが中途半端だったように思います。『キャリー』(1976)のように母親が娘を精神的に支配しているならともかく、リーは母親と会話しているときも普通にコミュニケーションが取れているように見えます。

 またリーの上司に当たるウィリアムの存在感が薄いので、リーとウィリアムがお互いに影響し合うといったこともありません。映画が殺人事件の捜査に描写を絞りすぎたせいで、捜査官たちがストーリー展開を進めるためのコマと化していました。

ロングレッグスが怖くない

 悪役であるロングレッグス(ニコラス・ケイジ)も魅力に乏しいです。彼が恐ろしい連続殺人犯にはとても見えません。

 『羊たちの沈黙』のレクター博士や『セブン』のジョン・ドゥのように、魅力的な悪役は明晰な頭脳を感じさせる場合が多いです。『ダークナイト』のジョーカーのように多少エキセントリックなキャラクターでも、その狡猾さやカリスマ性がしっかりと描かれていました。

 しかし本作のロングレッグスには知性というものがまるで感じられません。幼少期のリーの前で歌ったり、車を運転しながら叫んでいる姿はシリアルキラーというよりも変質者に近いです。ニコラス・ケイジは頑張っていましたが、正直いって滑稽で痛々しかったです。

 またロングレッグスの犯罪には奇妙な法則性が見出されます。14日が誕生日の娘だけを狙っているし、犯行日時を線で結ぶと逆三角形が作り出されます。しかし彼が何のためにそのような法則を作り出したのか、劇中では明確に説明されません。それによって事件からリアリティが失われています。

 『羊たちの沈黙』のバッファロー・ビルには「女性に変身したい」という願望がありました。なので彼は女性の皮膚を剥いで服を作っていたのです。そうした彼の動機に対して共感はともかく理解はできると思います。

 また『セブン』にはジョン・ドゥがパトカーの中で自分の哲学を語るシーンがあります。人間の中には七つの大罪に匹敵する罪を抱えた者が多数おり、自分はそういう人間に罰を与えているのだと説明します。七つの大罪というキーワードには宗教が絡んでいますが、多くの人間がそうした罪を抱えているという指摘には頷かされるものがありました。

 『ロングレッグス』にも犯人が自身の動機を語るシーンはあるにはあります。リーとロングレッグスが面談する場面です。しかし彼の語る悪魔崇拝の理念は理解も難しいです。そもそも彼がなぜ悪魔に魅入られるようになったのかがわからないし、彼の語る悪魔が何のためにロングレッグスを通じて殺人を行っているのかも説明されません。

 もしかすると曖昧な部分を残すことによって、事件に怪奇性を出したかったのかもしれません。しかしロングレッグス自体の魅力が乏しいので、不気味さよりも嘘くささの方が勝ってしまっています。

色々と問題ありなラストシーン

 本作のオチはやや荒唐無稽です。ロングレッグスは呪いの人形を作り出しており、それをリーの母親に運ばせることにより、家族を心中させていたことが判明します。

 そうしたオカルトチックな結末でも良いのですが、それを観客に受け入れさせるための土壌を整えられていなかったように思います。映画の冒頭では被害者家族の写真や父親による通報記録が伝えられます。そうした手法はドキュメンタリーに近いです。このような演出をしていたのなら、ある程度は現実に基づいた展開を期待してしまうのは必然でしょう。

 そして前述した「有能な主人公と無能な上司」という要素によって、映画のラストシーンも悪影響を受けています。

 『羊たちの沈黙』のラストではレクターがすでに脱獄しており、上司のジャック・クロフォードは間違った家に突入してしまいます。なのでクラリスはバッファロー・ビルと一人で対峙しなければならなくなります。

 『セブン』の有名なラストシーンでも同様です。サマセットはミルズに対して何もすることができません。ミルズは一人であの選択をすることになります。

 今までメンターに支えられて行動してきた主人公たちは、ここで孤独な闘いを強いられることになるのです。しかもその主人公たちは人間的な弱さも描かれてきたので、「独りで大丈夫なのだろうか」という緊張感が生み出されています。

 『ロングレッグス』の結末も表面上はそれらと共通しています。上司のウィリアムが洗脳されてしまい、リーは完全に独りです。しかしウィリアムは最初から頼りにならない存在だったので、彼が操作不能に陥っても絶望感が感じられません。リーも冒頭で容疑者をたった一人で逮捕しているし、ロングレッグス事件の捜査も一人で進めてきたので、ラストシーンで独りになっても状況は大して変わっていないのです。これもまた緊張感を奪っておりました。

 さらにラストではリーの母親も殺人に加担していたことが明かされます。しかしこれも母娘の繋がりが強調されていなかったので、娘が母親を射殺しなければならないという悲壮感があまり観客に伝わってきません。

 とはいえ、弾切れによってリーが人形を破壊できないという結末は良かったと思います。呪いの道具が残されることによって完全な解決には至らず、嫌な後味をしっかりと残せていました。

まとめ

 キャラクターが魅力に乏しく、ストーリーも詰めが甘い、全体的に残念な出来栄えでした。監督のオズグッド・パーキンスは影響を受けた映画として『羊たちの沈黙』と『セブン』を挙げていますが、表面的な模倣に留まっており、肝心な部分を取り入れられていないように感じます。

 強いて良かった点を挙げるとするなら、主演のマイカ・モンローでしょうか。彼女の存在感は光っており、スター性のある女優だと思います。ただ微妙な映画にもいくつか出演しているので、もう少し作品を選んでほしいです。

関連作品紹介:『ザ・ゲスト』(2014)

画像出典:IMDb-The Guest

 マイカ・モンローの出演作ではこれがオススメ。監督は『ゴジラVSコング』のアダム・ウィンガード。主演は『美女と野獣』のダン・スティーヴンス。

 ピーターソン一家は長男を戦争で失っており、そのショックから未だ立ち直れずにいます。そんな彼rのもとにデヴィッドと名乗る男(ダン・スティーヴンス)がやってきます。彼は長男の戦友であり、彼の遺言を伝えにやってきたといいます。一家は喜んで彼を迎え入れますが・・・。

 正直言ってしまうと、めちゃめちゃ出来が良いというわけではないです(笑)。それでも序盤から中盤にかけて不穏さを助長させる演出、何かがおかしいと感じさせる展開は良くできています。またアクションシーンの出来も良く、純粋に楽しめる娯楽作品だと思います。

 そしてピーターソン一家の息子であるルークが、デヴィッドによって成長させられる展開も『ターミネーター2』のようで微笑ましい。サスペンスとヒューマンドラマの両立に成功しています。

 まあオチが荒唐無稽であり、結末が雑なのは残念ですが、B級映画としては上々の出来栄えです。


ザ・ゲスト(字幕版)

 

 

 

 

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