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作品情報
ロバート・ハリスの同名小説を映画化した作品。
監督は『西部戦線異状なし』のエドワード・ベルガー。
出演は『ザ・メニュー』のレイフ・ファインズ、『魔女がいっぱい』のスタンリー・トゥッチ、『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』のジョン・リスゴー、『複製された男』のイザベラ・ロッセリーニなど。
アカデミー賞で脚色賞を受賞したミステリー
カトリック教会でのローマ教皇選挙を描いた作品ですが、宗教色はそこまで強くなく政治劇のような面白さがありました。脚色賞を受賞したのも頷ける、上質な会話劇だったと思います。
野心との闘い
この映画の主人公であるローレンス(レイフ・ファインズ)は終始「自分は教皇にはなりたくない」という意思を主張しています。しかしその本心では権力への欲を捨てきれていないようであり、これが本作における一つのテーマとなっています。
例えばローレンスはリベラル派であるベリーニ(スタンリー・トゥッチ)への票を集めるために、選挙開幕の演説で自由主義的な内容を語ります。「確信こそが最も恐ろしい敵である。疑念こそが信仰を支えるのだ。」と。
しかしこのような名演説を披露したせいでリベラル派である枢機卿たちの票がローレンスに集まってしまい、結果的にベリーニへの票を奪ってしまうこととなります。そのベリーニからは「君にそんな野心があったなんて」と言われてしまう始末です。
さらにトランブレ(ジョン・リスゴー)に「アデイエミ(ルシアン・ムサマティ)の元恋人を呼び寄せたのは君じゃないのか?」と問いただした際、彼から「君は自分が教皇になりたいから、そうやってライバルを潰そうとしているのでは?」と吹っ掛けられています。
そしてアデイエミ、トランブレといった有力候補が潰された後、ローレンスは投票用紙にこっそり自分の名前を記入してしまうのです。その用紙を壺に入れた瞬間、礼拝堂は爆破されます。これは野心に屈したローレンスに対する神の怒りなのかもしれません。
教会の暗部と未来への希望
映画の物語が進むにつれて、枢機卿たちの後ろ暗い秘密が徐々に明かされていきます。こうしたミステリー的展開はスリリングでした。
冒頭で亡くなった前教皇は教会への不信感を持っていたらしく、トランブレが行った買収記録を寝室に隠していました。またローレンスも祈りに対する信仰を保てなくなっており、選挙が終わったら職を退こうと考えています。教会のトップの人々ですら、信仰を危うく感じているのが現状です。
しかし終盤では希望の光が差し込みます。それを象徴するのが”白”という色です。この色は枢機卿たちが持っている傘に使われていました。またラストカットで教会から出てくるシスターたちが纏っている服も純白です。これは信仰に悩むローレンスが自室で着用している全身黒色の服と対照をなしています。そういえば煙突からでる煙の色も、教皇が決まらなければ黒、決まれば白となっていました。
このような色彩によって映画のテーマを表現する手法は、今作で効果的に活用されていました。
一部のキャラクターがやや表面的すぎるかも?
ちょっと気になっった点としては、一部のキャラクターにそこまで魅力が感じられませんでした。それはテデスコ枢機卿(セルジオ・カステリット)とシスター・アグネス(イザベラ・ロッセリーニ)です。
まずはテデスコについて。例えばローレンスとベリーニはリベラル派であり、劇中では善玉として扱われています。しかし彼らは完璧な正義漢としては描かれていませんでした。ローレンスは前述したように野心を捨てきれていないし、ベリーニはトランブレの買収が露呈した際に「それを公表すると教会の権威が失墜する」として一度は公表に反対します。この2人のキャラクターには人間的な葛藤が見られました。
それに対してテデスコは保守派であり、劇中では悪玉として扱われています。しかし彼は他の枢機卿のように後から悪事が露呈するわけではありません。初めて登場したときからローレンスやベリーニから嫌われており、荷物を運ぼうとした執事に怒鳴り散らしています。彼は最初から嫌な奴として扱われ、その印象が変わることはありません。なので割かし単純なキャラクターである印象は否めません。
もう一人のシスター・アグネスですが、このキャラクターはあまり出番が用意されていないように思います。この人がやったことと言えば、前教皇の部屋に侵入したローレンスの気配を感じ取り、トランブレの陰謀を暴露する場面でローレンスを擁護したことぐらいです。それ以降は完全に存在感が薄くなってしまいます。このキャラクターがいなかったとしても、ストーリーは成り立ってしまいそうです。
現在のカトリックでは女性は聖職者になることができません。劇中でもベリーニが「自分が教皇になったら女性がもっと活躍できるようにしたい」と述べています。こうしたテーマと絡ませることができれば、もっと良くなったんじゃないでしょうか。せっかくイザベラ・ロッセリーニという名優を起用しているのですし。
まとめ
ストーリーの面白さと映像面での見応えを両立した作品でした。万人が楽しめる良作だと思います。
エドワード・ベルガー監督は早くも次回作『The Ballad of a Small Player』を制作中であり、コリン・ファレルとティルダ・スウィントンが主演するようです。こちらも楽しみですね。
関連作品紹介:『西部戦線異状なし』(2022)

エドワード・ベルガー監督の前作。第一次世界大戦を舞台にした同名小説の映画化です。
主人公のパウル(フェリックス・カマラ―)は学友と共に陸軍へ入隊し、ドイツの英雄となるために意気揚々と戦地へ向かいます。しかしそこで見たのは地獄のような光景でした・・・。
この映画の主役たちは兵士ですが彼等の物語と前後して、軍の上官や休戦交渉に臨む政治家たちにもスポットが当てられます。これによって兵士たちがひもじい生活を強いられるなか、上官や政治家たちは快適な部屋でのうのうと過ごしているという対比が強調されています。戦争において兵士たちは、ただのコマに過ぎないのです。
また映像の美しさもピカイチです。大自然の雄大な景色と戦場の血生臭い惨状とが強烈なコントラストを生んでいます。また時折挟まれるシンセサイザーの音楽が、古典的題材に新鮮さをプラスしています。
そして何より中盤で登場する戦車のシーンは圧巻です。戦争で戦車が使われたのは第一次世界大戦が初であり、当時の兵士たちはその圧倒的な巨体に度肝を抜かれたでしょう。この場面では戦車を初めて見た兵士たちの恐怖がヒシヒシと伝わってきます。これほどまで戦車を恐ろしく描いた映画は、他に無いんじゃないでしょうか。
ここ数年の戦争映画の中でも、とりわけ高いクオリティを誇る傑作です。