『愛はステロイド』恋愛要素強めのフィルム・ノワール(ネタバレあり)

新作映画レビュー

画像出典:IMDb-Love Lies Bleeding

概要

 ラブストーリーとフィルム・ノワールに、ボディビルの要素を掛け合わせたような作品。

 監督は『セイント・モード/狂信』のローズ・グラス。

 出演は『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』のクリステン・スチュワート、『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』のケイティ・オブライアン、『ネオン・デーモン』のジェナ・マローン、『グランド・イリュージョン』のデイヴ・フランコ、『トップガン マーヴェリック』のエド・ハリス。

皮肉な意味を持つ冒頭のラジオ

 冒頭でルー(クリステン・スチュワート)が聞いていたラジオですが、そこで放送されている内容が後のストーリーを示唆していました。

 ラジオではタバコ及びニコチンの中毒性について解説されていました。ルーは冒頭からスパスパとタバコを吸っていましたが、映画の中でタバコをやめようとします。しかしラストシーンでもるーはタバコを吸っています。彼女は最後までタバコをやめられなかったのです。

 さらにジャッキー(ケイティ・オブライアン)は映画を通じてステロイド中毒へと陥ってゆきます。ルーに注射を勧められたのを皮切りにどんどんのめり込んだ結果、ボディビル大会で大失態を犯すことになります。

 続いてラジオでは「洗脳のように土台が脆いものは、トランプで出来た山のように一瞬にして崩れ去る」と述べられていました。しかしルーの姉であるベス(ジェナ・マローン)はDV夫であるJJ(デイヴ・フランコ)をずっと慕い続けており、ルーが何度説得してもベスの洗脳は最後まで解けませんでした。

 このようにラジオで放送されていた内容が後の展開を反映しているのかと思えば、実は登場人物たちの実情とはかけ離れたものとなっていました。こうしたアイロニーに満ちた伏線の貼り方が実に効果的に作用していました。

ジャッキーが脳筋すぎる

 この映画の構成としては前半で主人公2人のラブストーリーが展開され、後半に行くにしたがって犯罪映画の要素が強くなっていきます。しかしこの接続になかなか苦戦しているように思いました。

 その弊害を最も受けていたのがジャッキーのキャラクターです。犯罪要素をストーリー上に浮上させるために、この人の行動がかなり無謀になってしまっております。

 まずベスがJJから暴行を受けて入院した後、ジャッキーは当事者でもないのに、勝手に一人で彼を殺しに行ってしまいます。入院部屋ではルーの父親(エド・ハリス)が「殺すと姉さんが悲しむから、別の方法でケリをつけよう」と言っているのに。こんなヤバイ父親が言っているのだから、ただ殺すよりもっと惨い方法で復讐できたかもしれないのでは?

 そしてJJの死体を始末した後、ルーは証拠隠滅のために自宅を後にします。その際にジャッキーは「ボディビル大会に出るためにラスベガスに行かなきゃ」と能天気すぎる発言をぶちかまします。これにはちょっと呆れてしまいました。アンタのせいで恋人に迷惑をかけているというのに。

 さらにルーがJJの家で掃除をしている間は外出しないようにジャッキーへ忠告をしていたはずなのに、彼女はガラスを破壊して勝手に出かけてしまいます。そして向かった先は何とジム。筋トレなんか自宅でもできるでしょうに。

 とにかくこの人には当事者意識というものがあまりに欠けており、その後始末をやらされるルーが気の毒に思えてきます。彼女がルーの元カノであるデイジーを射殺した際も後片付けをするのはルーであり、もはや悲惨さを通り越してコメディと化しています。ルーが聡明な分、ジャッキーの無能さがさらに強調されてしまっていたように思います。

 しかしジャッキーという人もなかなかに暴力的な人だという印象を持ってしまいました。勝手に家を出たことをルーから責められた際に彼女の顔面をパンチしたり、ボディビル大会で他の候補者をボコボコにしたり。後者の事例は幻覚を見ていたので仕方ないと擁護できるかもしれませんが、前者に関しては何も言い分けできないですよね。あんなに忌み嫌っていたJJと同じことをしてしまっています。これは映画のテーマ性すらも揺るがせかねない点のように思われますが。

設定が定まっていないマフィア要素

 終盤に近付くにつれてルーの父親が存在感を発揮してきます。しかしこの人がどういった悪人なのかも、ちょっとよくわかりませんでした。彼はどうやら銃の密売で大金を稼いでいるようで、その隠れ蓑として射撃場を運営しているようですが。

 ルーがFBIの男性にした説明によれば、彼女の父親は部下を使って大勢の邪魔者を殺害してきたようです。しかしその割に劇中で登場する部下は黒人の警官ぐらいしかいません。ラストでルーが邸宅を襲撃した際も、誰も彼女を迎え撃ってきません。これだけヤバいマフィアなら、もっと大勢の部下を従えていても良さそうなものですが。

 どうやら彼は娘であるルーも人殺しに加担させていたようですが、なぜわざわざ娘を自身の犯罪に巻き込んだのでしょうか。ルーを後継者に育てようとしたのでしょうか。しかしお姉さんであるベスをほったらかしにしてルーだけを育成するというのもおかしな話に思えますが。

 しかも自身の重大な秘密を知っている娘をずっと野放しにしていたのも、どうも彼らしくないように思われます。この人は自分の妻さえも始末した人なんですよね。そこまでの冷酷さを持っているのに、娘は粛清していなかったというのはどうも腑に落ちませんでした。

 エド・ハリスのエキセントリックな演技が良かっただけに、細部の詰めの甘さが気になってしまいましたね。

現実と幻想の混ざり合ったラストシーン

 ボディビル大会での幻覚シーンに顕著でしたが、現実に幻覚が乱入してくる場面にはボディホラー的な魅力が溢れていました。

 それはクライマックスでもいえると思います。ここでは巨大化したジャッキーがルーの父親をつまみ上げ、ルーと共に逃避行へと出ます。しかしこれは2人の幻想でしょう。

 ラストシーンで2人は車で走行していますが、撃たれたはずのルーの片足は完全に回復しています。さらに死んだはずのデイジーが息を吹き返し始め、それをルーが片付けて映画は終わります。こうした描写からも、この場面が現実のものではないとわかります。

 恐らくあの2人はルーの父親によって殺されてしまったのではないでしょうか。原題の意味(『Love Lies Bleeding』=「愛は血を流して横たわる」)からもそれが伺えます。車で逃避行をするラストは2人の願望を反映した幻想なのではないかと解釈しました。

まとめ

 現実と幻想を混濁させた作風やボディホラー的演出、キャストの演技など魅せられる要素は多かったですが、ストーリーの細部にやや詰めの甘さが見られたように感じました。とはいえ、ローズ・グラス監督は今後も要注目の映画作家ではないかと思います。

 それと今作にはデヴィッド・リンチ作品へのオマージュが随所に散りばめられていました。デイジーが言及する「ウィンキーズ」という店は『マルホランド・ドライブ』にも登場していましたし、随所に挟まれる夜の道路を走行する車を視点に捉えた映像は『ロスト・ハイウェイ』のオープニングを連想させます。さらにルーがJJの家で証拠隠滅を図るシーンで父親がやってきて、慌ててクローゼットに身をひそめるシーンは、完全に『ブルーベルベット』でジェフリー(カイル・マクラクラン)がドロシー(イザベラ・ロッセリーニ)の部屋で隠れるシーンと同じです。

 好きなんでしょうね、きっと。

関連作品紹介:『セイント・モード/狂信』(2020)

画像出典:IMDb-Saint Maud

 ローズ・グラスの長編監督デビュー作。クリステン・スチュワートは本作を見て『愛はステロイド』への出演を決めたようです。

 出演は『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』のモーフィッド・クラーク、『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』のジェニファー・イーリー。

 とある事件を起こして病院を退職した看護師のモード(モーフィッド・クラ―ク)。彼女は末期がんの患者アマンダ(ジェニファー・イーリイ)のケアを担当することになります。2人の関係は良好にスタートしますが、厳格なキリスト教徒であるモードは歪んだ使命感に目覚めてゆき……。

 『愛はステロイド』のレビューでは「現実と幻覚の混ざり合ったシーンが魅力的だった」と書きましたが、その要素は『セイント・モード』の方が強く表れています。熱狂的に神を信じるモードが現実と幻想の区別がつかなくなってゆき、それがストーリー展開を搔き乱していきます。

 主人公であるモードのキャラクターは『愛はステロイド』で登場したデイジーに似ています。2人とも外見上は可愛らしく写っていますが、内面には強烈な執念を抱えている人間です。デイジーの矛先はルーに向いていましたが、モードのそれは神に向いています。

 また患者であるアマンダもクセの強いキャラクターです。献身的に看護してくれるモードに段々と心を開き始める彼女ですが、2人の関係性は思わぬ方向へ走っていきます。

 84分と短い時間の中で強烈な個性が発揮されているサイコ・スリラーです。


セイント・モード/狂信

 

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