『ザ・ザ・コルダのフェニキア計画』転換期を迎えたウェス・アンダーソン(ネタバレあり)

新作映画レビュー

画像出典:IMDb-The Phoenician Scheme

概要

 とある事業を推し進めようとする父娘の物語。

 監督は『アステロイド・シティ』のウェス・アンダーソン。

 主演は『レプタイル-蜥蜴-』のベニチオ・デル・トロ、『ファイアーブランド ヘンリー8世最後の妻』のミア・スリープルトン、『バービー』のマイケル・セラ、などなどその他にもオールスターが勢ぞろいしています。

シリアスとユーモアの適度な融合

 今までのウェス・アンダーソン作品では”ファンタジックな世界観で一大喜劇が展開される”というのが主な作風となっていました。しかし今作ではシリアス要素が強くなっているように感じました。

 冒頭から人体が爆発四散するというゴア描写が炸裂。音楽もサスペンス風味を高める同音連打が用いられており、今までの作品との違いがオープニングから顕著に表れていました。

 さらにストラヴィンスキーの『ミューズを率いるアポロ』や『ペトルーシュカ』、ムソルグスキーの『展覧会の絵』といった近代クラシック音楽が多用されており、主にポップミュージックが多用されていた過去作とこれまた一線を画していました。

 とはいえ今までのウェス・アンダーソン作品に顕著だったユーモア性も健在です。リーランド(トム・ハンクス)とレーガン(ブライアン・クランストン)が繰り広げるバスケットボール対決や、クライマックスでのコルダ(ベニチオ・デル・トロ)とヌバル(ベネディクト・カンバーバッチ)の一騎打ちといったシーンはコミカルに描写されており、今までのウェス・アンダーソン作品のファンをも満足させられる仕上がりになっていたと思います。

 それと今作には過去のウェス・アンダーソン作品に出演していた一部の常連俳優が出演していません(エドワード・ノートン、エイドリアン・ブロディ、ティルダ・スウィントンなど)。こうした変化も、作風の一新によるものかもしれませんね。まあ単にスケジュールが合わなかっただけなのかもしれませんが。

幻想的な冥土のシーン

 さらに今作では宗教的な要素が強く押し出されていました。特に顕著なのはモノクロで描かれる冥土のシーンです。

 物語の中でコルダが意識を失うと、彼があの世で裁かれているシーンへ移行します。ここではコルダが今までに行ってきたビジネスについて触れられており、さらに彼の3人の妻も登場します。つまりここではコルダの過去へに対する贖罪の機会が与えられていると解釈すべきでしょう。

 後半でコルダは「宗教的意識に目覚めた」と修道院長に告白しています。これはヒルダ(スカーレット・ヨハンソン)との結婚式、及び息子たちの聖体拝領式を執り行って、フェニキア計画への資金集めを行うために調子のいいことを言ったと考えられます。しかし一連のモノクロシーンを通して、彼は本当に宗教的意識に目覚めていたのかもしれません。これは修道女でありながらお酒を勧められるがまま飲み続け、最終的に修道院から破門されてしまうリーズル(ミア・スレアプルトン)と良い対照を成しています。

 クライマックスでヌバルが爆死した後、冥界での裁判が閉会してメンバーが解散しています。これはコルダが自分の全財産を使って計画の損失金を補填すると決断したことによって、彼の過去の罪が許されたのだろうと感じました。

 こうしたアンドレイ・タルコフスキー作品をも髣髴とさせる幻想的な場面も、今作の特徴の一つとなっています。

悪役は1人に統一しても良かったのでは・・・?

 映画全体を通して気になった点としては、悪役を1人に統一するべきではないかと感じました。

 映画の序盤ではエクスカリバー(ルパート・フレンド)率いる敵対勢力が物価を操作して、コルダを財政的に苦しめていきます。さらに彼らはビョルン(マイケル・セラ)をスパイとして派遣しています。なのでこの人たちがメインの悪役なのだろうと思っていました。

 しかし物語が佳境を迎えるとヌバルという新しい悪役が登場し、このキャラクターがストーリーを支配していきます。つまり今までの悪役であったエクスカリバーたちの存在感を奪ってしまっているのです。

 それならば最初から悪役はどちらか1人に統一すべきだったのではないでしょうか。劇中では暗殺者を送っていたのがヌバル、スパイを派遣していたのがエクスカリバーと役割が分担されていたのですが、わざわざ悪役を2人に分けた必要性が感じられませんでした。

ウェス・アンダーソンの作劇術について

 これはあくまで私の推測ですが、ウェス・アンダーソンはキャストありきで脚本を書いているのではないかと本作を観て感じました。

 そもそも本作のプロットは「出資者たちを一人ずつ訪ねて行って、損失の補填をお願いする」となっています。しかも最終的に補填されなかった損失分はコルダ自身の財産で穴埋めすることが決定されます。つまりこの物語の性質から見て、出資者のキャラクターは何人だとしてもそこまで支障は無いということになります。本作ではリーランドとレーガン、マルセイユ・ボブ(マチュー・アマルリック)、マーティ(ジェフリー・ライト)、ヒルダ、そしてヌバルの5人(正確に言えば6人)となっていますが、この5人という数字に必然性は無いわけです。

 そう考えると、ウェス・アンダーソンは初めに誰を出演させるかを決めて、それに沿ってキャラクターやストーリーを作り出しているのではないか・・・とも考えました。先ほど述べた悪役に関しても2人に分割する必要は無いのですが、ルパート・フレンドとベネディクト・カンバーバッチに出演してもらう事が最初から決まっていたのだとしたら、これにもある程度納得はいきます。

 さらにこれは今までの作品からも言えることですが、ウェス・アンダーソン作品はオールスター・キャストにすることが目的化しているのではないかとも思えます。本作のクライマックスであるコルダの結婚式では今まで登場した出資者たちが勢ぞろいしますが、コルダとヌバル以外はほぼ存在感が無くなってしまっています。しかしこれも『オリエント急行殺人事件』(1974)のように、ラストでスターたちを集結させるという目的から用意されたシーンだと考えれば、これまた腑に落ちます。

 有名なスターたちを多く観ることができるのは嬉しいことではありますが、もう少しキャラクターの数を絞って、個々のキャラたちを深堀りしてもいいんじゃないかと思いました。まあそれがウェス・アンダーソン作品の醍醐味だと言われてしまえばそれまでなのですが。

まとめ

 ウェス・アンダーソン監督の映画は『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)以降から作風が固定化されていた印象がありましたが、今作では作風の変遷が見られました。次回作からもシリアス路線をさらに推し進めれば、ガラリと化けるかもしれませんね。

 確か最初に今作の制作が報道された際は「ベニチオ・デル・トロ主演で、シリアスなスパイ映画を作る」という感じで紹介されていたように記憶しています。しかし実際に完成した作品ではユーモア性も強く残されていたし、スパイ要素は希薄になっていました。元々どのような映画を作ろうとしていたんでしょうか。そこも気になります。

関連作品紹介:『白鳥』(2023)

画像出典:IMDb-The Swan

 2023年にNetflixでウェス・アンダーソン監督作『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』が配信されました。しかし実はそれだけではなく、他にもロアルド・ダール原作の短編映画が3本配信されています。それが『白鳥』、『ねずみ捕りの男』、『毒』の3作です。私は4作品全て鑑賞しましたが、個人的に一番好きだったのがこの『白鳥』です。

 主演は『ジュラシック・ワールド/復活の大地』のルパート・フレンド。『教皇選挙』のレイフ・ファインズも1シーンだけ登場しています。

 いじめっ子のアーニーは父親から猟銃を与えられ、悪友のレイモンドと一緒に狩りへと出かけます。2人は数々の鳥を捕まえていきますが、湖の近くを通りかかったときに、いつも目の敵にしているピーターと出会います・・・・・・。

 今作はウェス・アンダーソン監督作品の中でもシリアス度数が強めであると言えるでしょう。いつもは見られるユーモア性が今作では希薄であり、かなり容赦の無い展開が繰り広げられます。直接的にグロテスクな描写はありませんが、原作が児童文学とは思えないほど深刻なテーマ性を持っています。

 とはいえ今までのウェス・アンダーソン作品に見られるシンメトリックな画面作りやファンタジックな世界観は健在です。なので今までの作品に親しんできたファンも、違和感なく鑑賞できるでしょう。

 また『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』を始めとする4作品では「一人のキャラクターがナレーションを務めて物語が展開される」という紙芝居のような描かれ方をしています。登場人物と距離を取るこのような演出が、『白鳥』ではより物語の残酷性を際立たせています。

 17分という短い時間ながら、観終わった後も深い余韻を残す逸品です。

 

 

 

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