『サブスタンス』女版”ジキルとハイド”?(ネタバレあり)

新作映画レビュー

画像出典:IMDb-The Substance

概要

 失われた若さを取り戻そうとして大変なことになってしまう元女優の物語。

 監督は『REVENGE リベンジ』のコラリー・ファルジャ。

 出演は『ゴースト/ニューヨークの幻』のデミ・ムーア、『ドライブアウェイ・ドールズ』のマーガレット・クアリー、『オーロラの彼方へ』のデニス・クエイド。

 余談ですが、デニス・クエイドが演じたハーヴェイには元々レイ・リオッタがキャスティングされていたようです。しかし2022年5月にリオッタが亡くなってしまい、クエイドにお鉢が回ってきました。

映像・音楽センスはピカイチ

 まず映像・音楽面ですが、その独創性には目を見張るものがありました。予告編からもそのイカレっぷりは十分伝わってきていましたが、本編もその期待を裏切らない出来栄えだったと思います。

 エリザベス(デミ・ムーア)が初めてサブスタンスを注射してバッドトリップに陥るシーンの映像は『アバター』で人間がアバターに乗り移る映像をさらにサイケデリックにしたもののようでした。さらにエリザベスが見るサブスタンスの広告で流れた電子音楽のビートは、脳髄に響いてきましたね。

 一番好きだったのは、スー(マーガレット・クアリー)がエアロビクスの番組を収録するシーン。胸焼けがするほど画面全体に埋め尽くされたピンク色に動き回るカメラワーク、さらに『江南スタイル』のようなハイテンションの楽曲が合わさって、劇中で最も強烈な場面になっていました。

エリザベスとスーは二重人格か?

 とはいえストーリーの一部にはやや引っかかるもの感じました。

 私は映画を観ていた当初、エリザベスがスーと交代するとエリザベスの意識がスーの肉体に移動し、エリザベスの肉体に戻った後もスーとして生活していた頃の記憶を共有しているものだと思い込んでいました。つまりエリザベスとスーは同一の人格なのだろうと解釈していたわけです。(エリザベスがスーの彼氏であるバイクライダーと出会ってびっくりする場面もあったし。)

 しかし映画が進むにつれて、どうやらそうではないことに気がつきます。スーはエリザベスがチキンを暴食したことに怒ってサブスタンスの販売主に抗議しているし、エリザベスはスーが勝手に期限を延長しまくって彼女の肉体をボロボロにしたことに激怒します。そしてスーへの復讐とばかりに脂っこいフランス料理を食べまくり、部屋を滅茶苦茶にしてスーを苛つかせていきます。

 こういう描写を見ると、エリザベスとスーは別の人格であって互いの記憶を保持していないのではないかと思います。(『ジキル博士とハイド氏』のように) 

 となると、サブスタンスでスーに変身することは、エリザベスにとってさほどメリットが無いのではないか?とも思えてきます。何しろエリザベスはスーとして周りにチヤホヤされているときの記憶を持っておらず、ただただ肉体が老化していくだけなのですから。

 しかもサブスタンスの販売主は「バランスを尊重しろ」をたびたび告げますが、2人が別人格ならばそれは無理な相談でしょう。もう一つの人格は自分のコントロール外なのに、どうやってバランスを保てというのでしょうか。

 これってエリザベスとスーが同一の人格だという設定にした方が、寓話としてはまとまりが良くなったと思います。もし2人が同じ人格だとしたら、定められた期限を守れずに若さの恍惚へと沈溺してゆく人間の物語として成立していたでしょう。2人が別人格となると、スーが期限を守るかどうかにエリザベスはいっさい関与できないことになってしまい、エリザベスが気の毒な被害者のようにも思えてきます。(「サブスタンス」の販売主もそのような説明はしていないし。)

イマイチ盛り上がらないクライマックス

 終盤でエリザベスを殺してしまったスーは自身の肉体が朽ちかけていることに気が付き、一度だけと定められているサブスタンスをもう一度注射してしまいます。そしてモンストロ・エリサスーが出来上がってしまいます。しかし正直いって、このモンストロが主役となるラストは蛇足のようにも感じてしまいました。

 まずエリザベスは自分の老けた顔を受け入れられずに男性とのデートをすっぽかしたのに、なんでおぞましいモンストロになったときは意気揚々とスタジオに出かけられたのかという疑問がありますが、まあそこには目をつぶるとして。

 クライマックスでの血まみれ大惨劇には、恐らく若い女性を食い物にした挙句、年を取った後はポイ捨てするショービジネス界への復讐という意味合いが込められていたのでしょう。しかし私はそこまで復讐の爽快感を感じられませんでした。

 それはなぜかというと、テレビ局の連中の醜悪っぷりがそこまでアピールされていなかったからです。というか、それまでの映画でテレビスタジオはハーヴェイの独裁体制であるかのような描かれ方をされており、むしろ他の社員も彼の割を食っている描写がありました。(彼が秘書の名前を「長いから」という理由だけで勝手に変えたりする場面)しかし肝心のクライマックスでは全編血まみれのせいで、どこにハーヴェイがいたのか、その判別すら難しいことになっています。

 だいたいエリザベスの宿敵は間違いなくハーヴェイなわけです。何しろ彼がエリザベスをエアロビクス番組から降板させたのですから。しかしスーは彼に媚びへつらっており、彼女の復讐心というものがあまり見えてきません。冒頭でのハーヴェイはかなり傲慢で汚らしい男として描かれており、デニス・クエイドの演技も相まって戯画化されたキャラとしての面白さが伝わってきたのですが、あまり有効活用されていないように思いました。ラストでモンストロが彼をぶち殺すシーンが観たかったなあ。

 それとモンストロが暴れまくる場面はテレビスタジオじゃなくてサブスタンスの販売会社でも良かったような。「若さを取り戻したい」という人間の欲望に目をつけて副作用マシマシのとんでもない商品を売りつけた会社を壊滅させれば、それはそれで面白くなったと思うのですが。

まとめ

 というわけでストーリーにはやや難があったものの、映像・音楽面からは狂おしいエナジーを感じ取れました。それとユーモアのセンスも光ってましたね。前半で出てきたセリフが後半で全く別の意味に変貌したり(「顔のパーツがあるべき場所にちゃんと収まっている!」)、ハーヴェイが海老の料理を汚く喰らっているシーンだったり。そしてモンストロが壇上に上がるラストではシュトラウスの『ツァラトゥストラはかく語りき』が登場。コメディとホラーが”バランスよく”両立していました。

 それにしてもサブスタンスって、母体の細胞を分裂させて若い分身を生み出す薬なんですよね。それなら60歳のデミ・ムーアから出てくる分身はマーガレット・クアリーではなく、若かりしころのデミ・ムーアなんじゃないの・・・?なんて思ったり。

関連作品紹介:『永遠に美しく・・・』(1992)

画像出典:IMDb-Death Becomes Her

 ”失われた若さを取り戻そうとして破滅する女性の物語”といえば、やはりこの映画でしょう。監督は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のロバート・ゼメキス。出演は『クレイマー、クレイマー』のメリル・ストリープ、『ダイ・ハード』のブルース・ウィリス、『続・激突!/カージャック』のゴールディ・ホーン、『ブルー・ベルベット』のイザベラ・ロッセリーニ。

 ヘレン(ゴールディ・ホーン)は外科医のアーネスト(ブルース・ウィリス)と婚約していましたが、彼を友人のマデリーン(メリル・ストリープ)に奪われてしまいます。数年後、かつての若さを失ったマデリーンは未だに美貌を保ち続けているヘレンを見て、「何でアイツだけ若いままなんだ!」と嫉妬心を抱きます。そんなある日、マデリーンは不老不死の薬がこの世に実在していることを知って・・・。

 こちらの作品は全編にわたってコメディ色に満ちています。いい年こいたおばさん2人が散々争った挙句にコロッと仲直りしてしまう展開なんて、子供の喧嘩を見ているかのよう。そんな2人に振り回されっぱなしのブルース・ウィリス。彼がこんなに情けないキャラクターを演じているのは珍しいんじゃないでしょうか。

 さらにこの映画は特撮技術も見ものです。不老不死の薬を飲んでしまった女性陣は、どんなに体が傷ついても決して死ぬことはありません。なので頭が胴体に陥没したり、ショットガンで胸に大穴を開けられたりしてもヘッチャラ。そんな無茶苦茶な肉体変化が、CGで面白おかしく再現されています。

 世評は振るわないようですが、個人的にはロバート・ゼメキス監督作品のなかでも特に好きな映画です。


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